私の経営におけるポリシーとして、「出来るだけルールを無くしていく」ということに挑戦しています。
なんの話かと言うとですね、例えば当社には「出張宿泊時における宿泊費の上限」って、無いんですね。
普通の会社には「一律1万円まで」などのルールがあると思うんですが、当社には、無いです。
ルールが無いと、どうなるか?
・社員が好き勝手に高いホテルに泊まり、会社の経費がかさんでいく
と、思いますでしょうか?
そうなるかも、知れませんね。
あるいは
・真面目に安いホテルを探す社員と、わがままに高いホテルに泊まる社員が発生し、不公平が生じる
と、考える人もいるでしょうね。
どちらも、経営者としては悲しいお話です。
ですので、普通の会社ではルールを作ります。
例えば、「宿泊費としては一律1万円を支給します」というルールにする、と
【ルールによる思考】
・安いホテルに泊まり、残りを小遣いにしても、よし
・支給額限界まで利用して、少しでも良いホテルに泊まる
・差額を自分で負担して、とても良いホテルに泊まる
というような事を、社員が自分で考える。これなら不平等でもないし、不公正でもない・・・・
・・・・という事が、私は好ましくないと、考えるのですね。
何が好ましくないかと言うと、折角の「会社の経費、不平等」などに対して、社員が考えるチャンスを、奪っていると思うんですよ。ルールが。
【ここ重要】ルールが思考停止を産んでいるわけです。
例えばですね、当社で社員が出張することになり、宿泊することになる。
社員は宿泊するホテルを探します。宿泊費は経費で落ちるので、「いくらくらいまでの宿泊費なら許されるのかな?」と、社内のルールを捜します。
でも、ルールはない。
そこで、私や上司に、聞きます。「いくらくらいまでの宿泊費なら許されますかね?」
で、私はこう答える
【指導による思考喚起】
・経費は貴方や同僚の皆さんが一生懸命働いて得た利益を取り崩すものですから、少ないほうが良いですよね
・でもあまりにもチープな宿泊場所を選んで、まともに寝れなかったり、現場へのアクセスが悪かったりすれば、仕事のパフォーマンスに影響しますよね
・行く地域によってもホテルの金額は様々ですから、よく調べて、旅慣れてもらうのもビジネススキルですね。
・ちなみに私(齋藤)は、こういうビジネスホテルをよく使いますよ
こんな感じ
私が指導のポイントとして置きたいのは「会社とのエンゲージメント」と「自主性」と「自立的思考」です。
先の【ルールによる思考】と【指導による思考喚起】において、「会社とのエンゲージメント」と「自主性」と「自立的思考」のレベルが、大きく違うのが、おわかりいただけますでしょうか?
少なくとも【ルール】の場合、社員が「どうやって自分がお得な状況を作るか」でしか思考していないのに対し、
後者はエンゲージメントなどを喚起し自分で考えなければならないというテーマを、与えるわけです。
これが私の、「ルールを無くしていきたい」理由です。
わかりますでしょうか?
「ルール」って、主に効率化の為の、ノウハウの凝縮だと思うんですよね。
すごく簡単に言うと、「ルール(やマニュアル)に従うだけで、誰でも仕事の品質を担保できる」
だから優れたノウハウを持った企業には、沢山のルールやマニュアルが存在し、それらが運用され、社員はそれに従い、品質を高めている。
まあそれは、良い事です。
ただ私は、私の会社では、それをしたくないんですね。
なぜならば当社の理念は「社員の成長」だからです。
ルールがないと、すごく困ります。
現に、当社に社員はすごく困る。特に中間管理職になると、本当に困る。
だって「部下を叱る」よりどころであるところの「ルール」が存在しないから。
例えばある時、社員が出張して、一泊30万円のスイートルームに経費で泊まったとしましょう。
普通の会社なら、「それはルール違反だよ」と言って、叱れるでしょうね。
でも当社だったら、当該社員に
「え?だって宿泊費の上限とか、そういう決まりないでしょ?だから良いのかと思って」と言われたら、「ルール違反」とは言い返せない。
だから上司は、困るわけです(どうやって、叱ろうか・・・)
そこで上司は(例えば)こういう事を話さなければならない
・会社の経費とは何か
・そのような(経費を使って自己欲を満たす)レベルで生きず、もっとプライドをもって生きろ
・目先の損得よりも、誰かに貢献する喜びを感じられる大人になれ
わかりますでしょうか?
これ、大変ですよね?
ルールさえあれば、上司は「ルール違反だよ」程度の事を言えばいいのですが、ルールがないので、その人の「生き方」や「美学」にまで立ち入って指導をしなければならない
大変です
大変だから「成長」するんですよね。だからこれ(ルールを無くしていく)が理念に通じる考え方だと、思っているんです。
ちなみに今、私は、当社(株式会社ソノリテ)の、「定年制度」というルールを無くしたいなと考えていて、法的整合性などを検証しながら、検討していこうと思っています。
多くの会社に、「定年制度」というルール、ありますよね?
これ、「なぜ人は60歳になったら仕事をリタイヤするのか?(リタイヤする必要があるのか?)」を、説明できる人いますか?
あるいは「人は60歳(あるいは65歳)になったら、仕事が出来ない」という理由でもいいです。説明出来ますか?
すくなくとも私は説明できない。
「何歳まで働くか」なんて、自分で決めればいいことだと思うんです。
確かに例えば年金や生命保険などの社会インフラは「多くの社会人は60歳でリタイヤする」ということを前提に合理化されてはいますが、それって後付の理由で、本質ではない。
だから私は、自分が理解もしていないし説明も出来ない慣習である「定年制度」というルールを、当社から撤廃しようとして、思考中です。
もちろん定年に代わる、何がしかの「リタイヤプラン」を作る必要がありますが、それは社員の自律的な選択を喚起するようなものにしたい、少なくとも思考停止を産み出すルールにはしたくないな、と思っています。