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遠慮に隠される

最近苦しんでいる問題の一つに、「遠慮」というモノがあって・・・

 

つまり私は経営者で、株式会社ソノリテを、良い会社にしたいわけです。

 

そして良い会社にするために、社員の意見を聞き、良いものを取り入れ、磨き、実現していきたい。

 

ちょっと綺麗ごとっぽい言い方をしますが

 

 「社員を愛するソノリテにしたい」んですね。

 

私にとって、それが「良い会社」なんです。

 

当社「株式会社ソノリテ」は、経営理念にも謳っていますが、お客様の為の会社~ではありません(ここ重要)

 

社員の成長を考えて意思決定をする会社なんです。

 

 「社員を愛する」

 

と、書きました。

 

じゃあ? 「愛」ってなんだ?

 

そこですが、ちょっと宇宙刑事ギャバン的な問題提起になりますが

 

 「愛ってなんだ?」


社員にとって、楽ちんで、給料が良くって、怠けても文句を言われなくて、

 

そういう、甘えられる組織

 

もちろんそうじゃないです。

 

「愛ってなんだ?」


私はそこに「成長」を置きました。


弊社の経営理念の全文は、こうです

 

「私たちソノリテは、すべての行動を通して、社員が成長することを第一に考え、意思決定をしてゆく会社です。」

ソノリテの理念・戦略 - 株式会社ソノリテ


人が人を愛するには、様々な形があります

 

私たちはビジネスシーンにおいて、成長することを目的として、愛を形成する。それが私の理想であり、弊社の理念です。

 

言うなれば愛し方です。

 

大変おこがましい、考えかも知れないですね。会社如きが、人を成長させるなどと、

 

まあそこで、私は日々、色々と悩んでいる。苦しんでいる。

 

その一つが、「遠慮」です。

 

うちの社員、けっこう「良い人」が多いです。

 

みんな、遠慮します。

 

遠慮することは、美しいし、遠慮することは、立派だなと、私も思います。

 

が、しかし、遠慮が過ぎると

 

まあ簡単に言えば、何を考えているのかわからない。ということになる。

 

例えば、

 

 「リンゴ、食べますか?」

 「いえ、いりません」

 

そう言われたら、「あれ?リンゴ嫌いなのかな?」と思いますけれど、でも実は、遠慮だったりする。

 

同じことで

 

 「職場に問題ありませんか?」

 「問題ありません」

 

これも、遠慮があると、現実が把握しづらくなる。

 

だからまあ、こう言いますよね?

 

 「遠慮しなくて良いから、言ってごらん?」


さて、ここからです

 

実は、人に問題や課題、あるいは自分の思っている本音などをお話しすることは、とても大変です。

 

場合によりそれは「交渉」や「責任」なども伴いますし、さまざまな「リスク」があります。

 

そもそも人は、現状を維持することで安定した毎日を送りたがる生物であり、変化を好みません。

 

さらに言えば「変化のトリガー」になろうとしません。

 

だから、基本的に何かを変化させるような発言を求められても、


 我慢 することで 遠慮 をし 問題のトリガー になろうとしない


という思考パターンに陥る、場合がある。


私の知る限り、それは


 「良い人」


と、言われる人たちの中に、存在するのですね・・・


だから


 「遠慮しなくて良いから、言ってごらん?」


なんて、薄っぺらい言葉だけで、そのような精神的防壁が崩せようもなく、問題は顕在化しない。

 

悩ましい問題です。でも闘っていきます。


なぜ闘うか、それが私の、そしてソノリテの「共鳴精神」だからでしょう。


言うなれば、良い人には、少し悪い人になってもらって、遠慮をしない人になってもらって、自我を開放してもらいたい。


その次の段階として、それを全員の課題と考えて、全員が自我の違いを尊重しつつ、組織にプラスな変化をもたらせたい。

 

それがきっと、成長なんだと思うんですね。

 

そしてそのような関係性が出来たら、それを「愛」と呼んでも良い様に思うんです。


難しいですかね・・・


ああ、難しいなぁ・・・


とりあえず私は、本当に・・・「とりあえず」なレベルですけれど

 

様々なチャネルを使って「社員の本音」に辿り着くような手段を、これからもやって行こうと思っています。


そしてそこには責任と、問題を背負う覚悟がいると思うんです。

 

でもそれが私が成長する必然に結びつき、私と当社の経営理念の結晶となるわけです