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事務的

「事務」をwikipediaで引くと「主に役所や会社などの場で、書類の作成や整理などを行う作業全般と、これを専門に行う職業」と、あります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E5%8B%99

 

また「事務作業」や「事務局」というと、どうも一般的なニュアンスとして、「主体的な意思決定や製造」などではなく「付帯的な作業」を行う仕事と捉えられます。

 

では

 

「事務的」というと、どのようなニュアンスが含まれるかと言うと、「非主体的な作業的」というような事になります。

「非主体的」を主たる要因として、「主体者からの指示、マニュアルに絶対的」というような作業という印象を内包します。


 「あの人の対応は事務的だ」


という言葉には、


 ・応用が利かない
 ・血が通っていない、冷たい、ドライ
 ・つまらなそう


などといった意味を含みます。

 

「事務」は、誰かがやらなければいけない仕事、です。(この事務を、人間の代わりにコンピューターにやらせるように
するのが、我々IT屋の仕事なのですが)


そして「主体者」から、「やらなければならない仕事」を剥がし、主体者には主体的な事だけやらせるようにして、主体者の生産性や能力を高めるのが、「事務」を独立した業務にする主たる理由です。


例えばタレントは、タレントとして何かに出演したり、自分の魅力を磨くために努力することが、主体的な仕事です。

スケジュール管理や、契約事などの「事務作業」は、誰かにやってもらえば、タレントがタレントらしい仕事に集中することが出来ますから、「事務屋」が必要ですね。


「事務屋」は「主体者」を成功に導く為、その役割を担う


のですが


なぜか、「事務的」という話になると、先に言ったような「応用が利かない」などのニュアンスに変化していきます。

 

 

ここで、「主体的作業優先」「事務作業優先」という言葉を定義してみたいのですね


 1)主体的作業優先:タレントを生かすために、事務担当が頑張る というようなイメージ

 2)事務作業優先:事務作業を指示通り全うするため、応用がなく、冷たく、つまらなそう


後者については、例えば「事務的な窓口対応」などと言えばわかりやすいでしょう。
ある種の業務をやっている会社では、例えば一定量の事務処理を限られた時間で行わなければならないため、応用や血の通った対応をする余地がなく、対応が「事務的」になる。


また、ある種の業務をやっている会社では、法令に完全準拠した対応をする必要があり、顧客の都合などを重要視する必要もなく、事務的である必要がある。


パスポートセンターで写真を撮りますよね。あの写真って、眼鏡を外させられたり、おでこを出さされたりしますね。

そこでは個人が「こういう風に写真を撮って欲しい」などといった応用がありえず、ただただ事務的に指示され、写真を撮られる。そういう事務が「事務作業優先」。

写真を撮る側の人だって、まあ、特に「楽しい仕事」というわけではないでしょう。でも、誰かがやらなければいけない仕事だし、勝手に応用した写真を撮っていい仕事ではない。

 

この、「事務作業優先」において、おそらく「事務的」な作業が行われる。

 

これはまあ、必然ですね。

 

で、


あってはならないのが

 

 「主体的作業優先」であるべき事務作業を、「事務作業優先」で行ってしまう、事です。


主体性(例:タレント)を生かすために事務を引き受けている人間が、「事務的」に仕事を行ってしまうと、むしろ「主体者」の能力が落ちます。

 

例えば

 ・主体者は、毎週末の17時までに、事務員に対し、利用した交通費を提出する。
 ・事務員は、毎週末17時までに提出された交通費に対し事務作業を行い、交通費を支払う。


こういう、主体者と事務員の関係があったとします。

ここで、ある週、主体者の交通費提出が、17時30分になったとします。
主体者の、交通費提出が遅れた理由は、特命の仕事に急きょ対応する必要があったからだ、と、します。
かつ主体者がその週利用した交通費がとても高額で、交通費が定刻に支払われないと、困る。とします。
その主体者は普段から素行、業務態度等、優れているとします。


さて、

 ・「事務的」に、「定刻を過ぎたので交通費申請は来週分として対応します」と、するか
 ・「いつもご苦労さまです。特命の件社長から聞いています。本件対応します」と、するか


だいたいの方が、「事務的であるべきではない」と、感じるのではないでしょうか?


なぜなら、「事務的」に対応することによって、「主体者」のモチベーションが落ちてしまう可能性があるから ですね

 


ところが

 

事務は、それが「主体的作業優先」であるべきにも関わらず、「事務作業優先」的に、つまり「事務的」になってしまう、ケースが多くあります。


なぜか


それは

 

 「事務が、すごく大変な仕事」

 

だからなんだと、私は思います。


もともと「事務」は、「主体者から剥がすと、主体者の生産性があがること」を、やります。


つまり「めんどくさい」もの それが事務です。


大量の計算、法令遵守、突合せ、整理、一円単位の確認、チェック、チェック、チェック


そういうモノを、「締め切りまでに」やらなければならない。そしてそれは毎日、毎週、毎月、毎年、同じことを、やり続ける。


「事務は、大変」なんです。


そりゃあ、「非人間的」にも なります


タレントが頑張れるために、マネージャーが事務作業を一手に引き受けることが出来るのは、そこに「目的の一致」「達成感」「タレントへの愛」などが含まれるからですね。


普通の会社の普通の「事務方」が、自社の主体者(社員)に対し事務作業を引き受けたとしても、感謝もなければ、目的の一致もない・・・場合が多いでしょうから


事務員は「事務的」に、事務をこなしていくマシーンになりやすい

 

 


これが「事務的」の正体だと、私は思います。


皆さんの会社には、「事務的」に仕事をしている人が、いませんか? それはとても悲しいことで、会社全体の社風や、生産性に、ものすごく影響を与える、残念な事態であると、私は思います。