めっちゃ時間空けちゃってすみません。
このブログ(その9)と、もう一回(その10)で、「HERO、人事評価、パレートの法則」のブログは終わりにする予定です。
前回のブログこちら
パッパッパラッパパパラパ ここで 登場 ピンチヒッター♪
パッパッパラッパパパラパ あれは きっと パンダヒーロー♪
カニバリズムと言葉だけ 歌うアンドロイドと遊んでる♪
きっと嫌われてんだ 我がヒーロー♪♪
きっと望まれてんだ ほらヒーロー♪
【ハチ(米津玄師)「パンダヒーロー (ORIGINAL)」(2010)歌詞より引用】
Heroとは 嫌われている。
しかし同時にまたHeroは望まれている。
世界に勇気を与えるHeroは同時に
世界に嫌われる存在
■さあ、嫌われよう
もうあと2回でH・A・L評価制度について書くことをやめますので、最後にネガティブな側面を書きます。
まあ簡単な話です。
光りある所には影があります。
HEROがいるところには、HEROではない人がいます。
社会ってそういうものですよね。それが「あたりまえ」です。
つまりパレートの法則にしたがえば
よく働くアリ(人):20%
ふつうに働くアリ(人):60%
さぼるアリ(人):20%
この「さぼるアリ」が、そういう存在。
当社のH・A・L制度の格付けでいえば
HERO(全社員のうち20%)
AVERAGE(全社員のうち60%)
LAYPARSON(全社員のうち20%)
この、「LAYPARSON」が、そういう存在。
この「LAYPARSON」の話をします。
私は、H・A・L評価制度で
「みんなでパレートの法則をうちやぶろう!」
「みんなHEROの会社になろう!」
っていう掛け声をかけているんです!
でも、その反対に、全体の20%の人にたいし、
「あなたはLAYPARSON(下位20%)です」って、ラベリングするんです。
その 意味について、書きますね。
■さまざまな批判
私がH・A・L評価制度を制定する過程や、ここまで実践してきた過程において、LAYPARSON認定に対し、以下のような批判的な意見をもらっています。
- 人は褒められて成長する。「自分は下位者だ」と言われてやる気を出す人などいない。下位の存在をモチベートしていくマネジメントこそ理想なのではないか?
- ソノリテは多様性を重視する会社。多様性とはさまざまな人のさまざまな良さを受け入れる事。なのになぜ「下位者」を定義する必要があるのか?
- なぜ毎年LAYPARSONを再定義する必要があるのか?会社が理想に向かって成長しているのなら、「LAYPARSONがいなくなるというゴール」を制定すればよいのではないか?
はい。その通り。
確かにその通りだと思います。本当に。
だから甘んじて受け取ります。批判的意見に耳を傾けます。
そして私は、この会社を改革するHEROに、私自身がなるしかないと思っていて…
さっきの批判的意見をまとめれば、こんな感じ。
1)褒めて成長させよう
2)多様性を尊重しよう
3)みんながHEROな会社をめざそう
って、
そうだね。
その通りだね。
でもね、みんな、ダメだね
ダメなんだよ
残念ながら、ダメ
だって仕方ないでしょ、世界は残酷なんだから(ミカサ)
世界は残酷なんで
1)褒めて成長させよう としても
2)多様性を尊重しよう としても
3)みんながHEROな会社をめざそう としても
だれも、ちゃんとしない。
1)褒めれば、現状にあまんじて、成長しようとしない。
2)多様性の環境を与えても、お互いを尊重しようとせず、同質性の殻に閉じこもる
3)みんながHEROな会社をめざそうと言っても、左右を見渡し、ニヤリと冷笑し、様子を見る。
ダメ。
ダメだこりゃ(いかりや)
そしてその、ダメを創り出しすのは(その5くらいに書いてあるけど)、社長である私自身の、憶病、安定志向、防御本能。
だから私が「HEROを創ろうとしていなかった主原因」なわけです。
で、その、臆病は
つまり憶病とは?
具体的に言うと、何に対し憶病なのかと言えば、つまり
「おまえたちなんて、HEROじゃない」
って、
社員に向かって、
言ってないってことなんですよね。
1)褒めて成長させよう
2)多様性を尊重しよう
3)みんながHEROな会社をめざそう
という美辞麗句を隠れ蓑に、私は臆病者な安定志向で、社内や組織に生まれる軋轢、批判を避けていた。
だから私は、嫌われなければならない。
平気で「おまえはLAYPARSON(下位20%)だ」と言える人に、ならなければいけない。
そうしないと、HEROは生まれないんです。
■野球のレギュラー落ち、二軍落ち
野球、プロ野球で例えるとですね。
私は、褒めて成長とか、多様性を尊重とか、そういう美辞麗句を隠れ蓑に、
「がんばってるみんなはみんなレギュラーでいいよねーわーいわーい」
みたいなことを、やっていたに過ぎなくて
努力しない選手もレギュラーに残し、何か良いところで活躍してくれないかなーと、もう9人以上のたくさんの選手であふれかえっている野球場に、さらに選手を放り込んで、
それで、たいして練習もしていない選手だらけの球場で、野球の真似事をさせようとしていた。
だれかが「ピッチャーやりたい」と言えば、めっちゃ頑張って投げていたエースに頼んで「ちょっとこの子も投げさせてあげて」みたいにして、投げさせてみたり
「ちょっと肩が痛いんで今日は打席に出たくない」という選手がいれば、「そうだね無理をしてケガをしたら一大事だもんね」とかいいながら、チャンスの打席に意味なく代打を出したり、
まあそんな経営です。
それが「選手のみんなが居心地のいい」「多様性を尊重した」「理想の会社」だと、本当は思ってもいないのに、私自身の憶病、安定志向、を前提として、美辞麗句を隠れ蓑に、まあそういう事をしていた。
それで良いと、それが今どきなんだと、適当な思考停止に落ち込んでいた。
というか
私がかって所属していた企業もみなそうだったし、
多くの日本の企業は、だいなりしょうなり、そういう感じなんだと思う。
なんでだ?
なんでプロ野球なら、すぐ「レギュラー降板」あるいは「二軍落ち」と言われる
ような選手を、本当は思ってもいないのに大事にし、ずっとプレイさせているんだ?
なんでそんな、骨抜きな経営しか出来ないんだ。
そう思うわけですよ。
なんで?
なんで?
だから逆に考えてみたんです。
逆に考えるの好きだから私は。
で、逆に考えると、なんでプロ野球の世界では、「レギュラー降板」あるいは「二軍落ち」っていう、宣告が出来るんだっけ?
そこを考えてみた
プロ野球の世界は
- プロ野球選手はプロ意識が高いから だっけ?
- そういう文化が根付いているから だっけ?
- 最初からそういう契約だから だっけ?
まあ、そんな理由な気もしますが…
でもそれは、凡人の思想ですよね。哲学が足りない。逃げの思想。思考停止。
なので私は考え、考え、
そして、サトリました。
プロ野球なら、なぜ監督は、パフォーマンスが落ちた選手に対して「レギュラー降板」あるいは「二軍落ち」と言えるのか
それは…
その答えは!!
じゃじゃーん!!
★★★ 野球は9人でやると決まっているから ★★★
なんですよ!
なんです!!
はい、そうなんです!
プロ意識の問題でも、文化の問題でも、契約の問題でもないんです
★★★ 野球は9人でやると決まっているから ★★★
なんです!
レギュラーが9人って決まっているから、レギュラー落ちも、二軍落ちも、そういう事が、ハッキリする。
監督も、悩みますよね
悩んで、9人を選ばなければいけない
みんな努力している。
みんな良いところが沢山ある。
どうする?監督?
だれをレギュラーにする?
そして監督は、レギュラーから落とす選手も決めなければいけない。
だってレギュラーは9人までだよ?
どうする監督?だれを落とす?
納得する選手もいれば、なっとくがいかない選手もいるだろう。
なっとくのいかない選手の中には、監督を恨む選手もいるだろうし、他の球団に移る選手もいるだろう
どうする監督?
でも、そうやって選手を選抜するから
そういう厳しい選抜があるから
それが
それがあるから…
勝てる
いや、勝つってだけではない。勝ち負けよりもっと大事なことがあって…
それは
選手(社員)が、成長する
という、それなんです。
限られた9人というレギュラー枠を争奪する仲間がいて、その仲間との競い合いが前提となり、モチベーションとなり、突き動かされ、選手たちは成長する。
モチベーション
・野球の魅力
・自身の得意分野を活かせる喜び
・高い給与
などなど、選手を努力に導く「美辞麗句的要素」はたくさんあるでしょう。
でも、結局
(がんばらないと)落とされちゃうかも
という「突き上げ」が、選手にプロ意識を持たせるし
選ばれた
という喜びが、選手のプロ意識やモチベーションを強化する。
そして
落とされた
という事態は…
落とされた
という事態については…
さて、どうなるでしょうか?
野球は、9人で行うスポーツで、あなたは努力して努力して、
でも、レギュラーになれなかった
落とされた
さて、どうですか?
落とされたら、どうですか?
これが今日の、メインテーマ。
そして私が、「H・A・L評価制度」のネガティブな要素として、「あなたはLAYPARSON(下位20%)です」って、ラベリングされた社員が、もしそれがアナタだったら
どうですか?
というところを、説明したいのです。
■HAL評価制度を実施して、半年経ちました。経過報告
それでですね
努力報いず、レギュラーになれなかった野球選手は、どうですか?という話の前に…
HAL評価制度を実施して、半年経ちましたので、経過報告をしようと思います。
先に説明した通り、私の会社「株式会社ソノリテ」では、本年2021年の7月1日より、新評価制度「H・A・L評価制度」を開始しました。
で、この12月で、開始から半年が経ちます。
H・A・L評価制度では、一年を半分に割り、7月から12月を「前半」、1月から6月を「後半」として、チャレンジ等を区切るのですが、
2021年7月から始めた制度の、初めての「前半」を終了し、今、どうなったか?ですが。
その経過の報告です。
先に説明した通り、全社員数に対し、7月1日に
HERO(全社員のうち20%)
AVERAGE(全社員のうち60%)
LAYPARSON(全社員のうち20%)
というラベリングをしました。
それに対し、前半を終えた段階では、現時点の状況から類推される結果として
HERO(全社員のうち約30%)
AVERAGE(全社員のうち約68%)
LAYPARSON(全社員のうち約2%)
となりました。
どうしてそうなったかというと、様々な社員がチャレンジをしてくれたことによって、割合が変化(昇格したり)したわけですが…
どう、思います?
私は、これは良い結果だと思っています。
まあ、しょせんはラベリングです。ラベリングの匙加減ですけどね。
でもですね、こういう結果が出たんです。
この結果って、パレートの法則を打ち破っていると、思いませんか?
パレートの法則にしたがい、20%しかいないと思っていたHEROが、AVERAGEからのチャレンジにより、HEROとなることで、HEROの数が増え、全社の下位20%とラベリングされてLAYPARSONが、全社の2%まで縮小しました。
これ、良い結果ですよね?違いますか?
でもですね
もちろんネガティブな話もあるわけです。
つまりLAYPARSONの中には、LAYPARSONに認定された事を理由に、会社を辞めると決断した人がいるわけです。
そりゃそうですよ
そりゃ、そうなんです
レギュラーになれなかった野球選手のうち、「ならばこの球団を辞める」とか、「ならば野球を辞める」という選択肢をとる選手は、必ずいますよね。
だからLAYPARSONの中で、「ソノリテを辞める」と考える社員がいることは、当然なんです。
当然なんです。
当然なんですけども…それでいいのか? という話。
辞めた社員がいるから、LAYPARSONの割合が減ったわけですし、私はH・A・L制度でLAYPARSONに認定された人のうち、辞めてしまう人もいるだろうと想定して、この制度を導入したわけです。
それは、私がこのH・A・L評価制度を考えるにあたり、とても悩んだ項目であり、そしてとても苦慮して結論付けた内容でもあるんです。
■会社を辞めるということは、ネガティブな事なんでしょうか
ちょっと私の話をします。
私も今の会社の社長になる前は、いわゆる勤め人、サラリーマンでした。
22歳で社会人になってから、37歳までの15年間、日立系のIT企業に勤め、転職し37歳から44歳までの7年間、東京電力系のIT企業に勤め、
その後、株式会社ソノリテの社長になるわけですが…
まあ、いうなれば2回転職しているんですが…
転職した時、どう、思ったか
というか、自分の人生において、転職って、なんだったか といえば
少なくとも私は、わたしにとって転職は、大きく成長する機会であったし、実際私は転職によって成長したんです。
これはですね…
なんで転職で「成長したか」って話ですけどね
それを、さらっと書きますけど
★自分の決断で転職したからには、意地でも、「転職してよかった」っていう解釈をしたいから
なんだと思うんですよ
つまりですね、転職するっていう事は、多少なりさまざまなリスクを背負うわけじゃないですか?
それでも自分は、この転職によって「成功した」と、自分の人生を解釈したい。そういう「意地っ張りモード」になるわけですよ。
これをですね、端的に確認できるのは
同じ会社を、同じタイミングでやめた仲間と飲み会なんかをやると、すごくよくわかるんです。
今はバラバラな会社にみんな転職しているんで、まあ確率論で考えれば、「転職してよかった」人と「転職して失敗した」人が、点在していても良いものですが
「同じ会社を同じタイミングでやめた仲間」とのむと、みんな口をそろえて「辞めてよかったよね!」って、言うんです。
なぜかといえば、
★自分の決断で転職したからには、意地でも、「転職してよかった」っていう解釈をしたいから
な、わけですが
この
★★自分の決断を、なんとしてもポジティブに受け入れようとする気持ち
ってのが、いかに人を成長させるか…という点なんです
これ
これをですね
私は「LAYPARSON認定」という形で、社員にこれを、突きつける。
そうなんです。
私はこの「決断」こそがもっとも人を成長させるものだという確信があり、かつ自分自身の転職経験からもそれを理解し、
さらに、それを社員に示さなければいけなかった。
その理由は当社の経営理念が「社員の成長」だからなわけですが…
私はそれをサボっていた
私は自分自身の保身や、甘えを美辞麗句で隠蔽し、ぬるい経営をしていました。
レギュラーになれなかった野球選手は、どうなるか?
その答えは
「その挫折をポジティブにとらえ、新しい人生に立ち向かうなら、その人は成長する」
です。
だいぶ長くなったんで、次回「その10」を最終回にすることを約束し、
今回はここまでにします。
私は、嫌われる
社員は私に挫折させられ、そして成長する。
カニバリズムと言葉だけ 歌うアンドロイドと遊んでる♪
きっと嫌われてんだ 我がヒーロー♪♪
きっと望まれてんだ ほらヒーロー♪
その10に続きます~